3次元別館。

主に観劇の感想です。2.5舞台が多めでその他のミュージカルやストレートプレイも。

【観劇記録】10/30 蒼穹の昴(宝塚・雪組)

 

・多少ネタバレありの感想です

 

今年の春頃、次回雪組公演のタイトルが発表になった時は「蒼穹の昴って浅田次郎の小説だよね。確か中国の話じゃなかったっけ」くらいの知識しかなかったんですが、公演のあらすじに興味を惹かれ、珍しく観劇前に文庫本4冊の小説を読んでみたら、ページをめくる手を止められなくなるくらい非常に面白くて。と言いつつ、読んでる時の気分は「面白い。けど、誰がこれ宝塚でやろうって言いだしたんだ?*1」でした。だってさあ、主人公の春児(チュンル)など数名を除いた男性の登場人物の多くはおっさんと爺さんばっかりだし、女性に至ってはそこそこ出番があって名前の出てくる若い人は玲玲(リンリン)とミセス・チャンくらいで、一番存在感があるのは50~60代の西太后。しかも主人公が宦官ということもあり、清く正しく美しくが信条の宝塚の公演では到底口にできないような尾籠な単語や表現もばんばん出てくるし。それでもビジュアルやキャストが発表されるたびに「梁文秀(リァン・ウェンシウ)って水も滴るいい男とはあるけどこれ程までとは」「西太后役が一樹さんは予想外過ぎる。だがしかし楽しみ」などと反応しまくっており、新作でこんなに、具体的には東京公演を待ちきれず兵庫県の大劇場まで新幹線日帰り観劇をキメてしまう程に*2観劇前から期待値が高かったのは、はいからさん初演以来かも知れないです。

大劇場での観劇は前回がるろうに剣心だったので、約6年半ぶり。カフェテリアで美味しい公演限定メニューをいただいたり、「宝塚歌劇の殿堂*3」を覗いたりしつつ開演を待つ。大劇場は東京の専用劇場よりロビーが広く、入ってすぐの高い位置に主要キャスト陣のポートレートがあり「ああ、大劇場に来たなー」と感慨が。チケットぴあの貸切公演だったので、カエル?と黄色のクマっぽいマスコット2体の着ぐるみもいた。

前置きはこのくらいにして、やっと舞台本編の感想に入ります。

 

※以下、舞台及び原作小説のネタバレを多少含みます

 

【脚本・演出など】

大筋は原作通りに進み、特に後半はかなり駆け足ながらも飽きさせない展開で楽しめました。ただ文庫本4冊の内容をフィナーレ込みで2時間30分に纏めるとなると大幅なカットは避けられず、見られなくて残念だったシーンやここは聞きたかったなあ…という台詞はいくつかありました。大きな不満ではないものの多少首を傾げてしまう箇所もあり。西太后の御前での京劇の直前でめちゃくちゃタイミング良く黒牡丹(ヘイムータン)が登場した時は「ちょ……お師匠そこで出てくるの?*4」と突っ込みたくなったし、楊喜楨の暗殺*5はどうするのかと思ったら、どこからともなくいきなり飛んできた銃弾により即死したので、マスクの下で苦笑しかけてしまった。玲玲の、文秀への恋心はあるのかどうかよくわからないくらいまでカットされてたので、もうちょっと残して欲しかったかなあ。それでもストーリーが支離滅裂にはなっておらず、ひと続きの場面になってはいなくても、台詞の工夫や演出によって少しでも多く拾い上げようとしているのがわかりました。

脚本・演出を手掛けた原田諒さんの作品は、整然かつダイナミックな演出が毎回楽しみなんですが、特に中秋節日清戦争、馬家堡駅頭の場面など、人海戦術による群衆シーンは今作でも目を見張るものがありました。パンフ記載の場面ごとの出演者を見ると、女官の人が兵士だったりするなど、バイト率の高さが半端ない。群衆以外のシーンのひとつひとつも、立ち回りのある華麗な京劇などインパクト大の場面から街中の雑踏まで視覚的に美しく、冒頭から作品世界に一気に引き込まれました。阿片窟〜西太后暗殺未遂の流れはとても鮮やかで秀逸。パンフレットで原田さんが「この作品を舞台化するのが夢だった」という事を書かれており、意気込みと熱意を強く感じました。舞台セットや衣装もこれでもかというくらい豪華で壮麗。

気になっていた固有名詞の読み方は、どう変更されているのかを事前にざっくり把握していたので、戸惑いは少なかったです。歴史ものや中国の作家が手掛けた中華ファンタジーなど、「ガチ中華」な固有名詞は中国語の読みのままだと字幕なし・音だけだと区別がつきにくかったり、意味がわかりづらかったりするからね。原作既読なこともあって、人物名は「ウェンシウ」「チュンル」など中国の音にカタカナを当てたものでも特に問題なかったし、「せいたいごう」「りこうしょう」「しきんじょう」などは、耳慣れた音でむしろわかりやすかった。しいて言えば「頤和園(いわえん)」「翰林院(かんりんいん)」が一瞬わからなかったくらい。宦官の説明は必要最低限の表現でさらっとなされており、特に心配はしてなかったものの一安心でした。

 

【キャストについて】

小説を読んだときから合うと確信していた文秀、春児の二人を筆頭に、当て書きかと思うくらいに主要登場人物がことごとくハマっていました。

原作小説は春児が主役で、文秀は準主役の位置づけ、かつ中盤~後半は政情に翻弄されて勢いを失って行き、自暴自棄になって玲玲に結構ひどい事をしたりもするので、彼を主役にするとどうなるんだ?と少々懸念はありました。けど、そもそも文秀は学問をしっかり修めつつも民衆のことを真剣に憂いていて、試験中に隣の部屋にいた老人を労わったり、兄も母もいなくなりひとりになってしまった玲玲を養育する優しさもある人な訳で。舞台の上での文秀は、そういった長所が終始貫かれた人物として描かれていました。すごく宝塚的なアレンジではあるけど、自分は好もしく感じた。演じる彩風さんは、トップに就任してから本公演ではコミカル寄りな作品と役が続いていたのですが、今回は演目自体がシリアス、かつ苦悩しながらも目の前の困難に立ち向かい続ける役。ちょっと間違えると暗く地味になりかねないのに、苦難の多い展開でも、使命感が強く優しい面は台詞からも佇まいからも損なわれる事はなかったです。力強さもあり、一幕ラストで歌う「昴よ」では全身から発される迫力に息を飲み、目が離せなくなった。一幕終盤の赤の普段着や二幕の冒頭で着ている白の衣装はすらっとした長身に非常にお似合いで見惚れるし、彩風さんの代表作になるんじゃないかな。フィナーレの、扇を使った群舞のセンターで舞う姿、ラブラブ感強めのデュエットダンスにこれまた痺れた……。

舞台版では準主役の春児。かわいい。顔立ちだけの話じゃ決してなくて、B席からのオペラグラス越しにもわかるくらい目がキラッキラ。満面の笑顔のスチールやら、前半での文秀との仲良しツーショの舞台写真を見た時点でかわいい*6以外の語彙が消失してたけど、リアルで見た破壊力はそんなもんじゃなかったわ。生命力の塊みたいにパワフルかつ無邪気で醸し出す雰囲気そのものがかわいくて、応援したくなってしまう。そりゃ百発百中の占い師が嘘の予言をしてでも助けたくなるだろうし、富貴寺の人たちも応援するし、西太后も側近にするわ。宦官になる決意をするくだりではギラギラした眼差しに射抜かれるし、京劇の場面では、見るからに重くて動きにくそうな衣装で長物を操ったり回転をキメてたり、笑顔以外の表情も魅せてくれる。後半、大人になって立派な衣装を纏いながらも、死を選ぼうとしていた文秀の前で泣きじゃくり、生きてくれと懇願する姿に胸を打たれた。彩風さんの文秀同様、春児役は朝美さんの代表作になるのではないかと。二番手に就任されて以来、注目度が上がりっ放しのこの頃。

春児の妹で、文秀に養育されるうちに彼に恋心を抱くようになる玲玲役は、トップ娘役の朝月さん。一幕の大部分は娘一、というか娘役があまり着ないようなボロボロの衣装*7だったりするんだけど、その姿の舞台写真を見た時点で既に思い描いていた玲玲そのものだったし、冒頭で昴を見つめる目はキラキラと輝いていて、一幕の銀橋ソロでは「生きていく力」を強く感じた。あの兄の妹という説得力あり。衣装と髪型が貧民のそれであっても、登場した時からしっかりヒロインでした。ベテラン娘一の力量恐るべし。文秀に引き取られてからの中盤以降はちゃんと「きれいな小姐」で、ポスタービジュアルで着ている緑の旗袍は文句なしに素敵でした。欲を言えば脚本演出の項でも書いたように、もっと文秀への恋心の描写*8や譚嗣同とのやりとりを見たかったな。朝月さんははいからさんの吉次さんや夢介~のお銀さんみたいな大人の格好いい女性役もこなすのに、ショーでは淡い水色のワンピース+カチューシャの少女を演じたりもできる、稀有な方。本公演3作で退団なのは寂しいですが、娘一としての活躍を見ることが出来たのは嬉しい限りです。

順桂(シュンコイ)は、小説では2巻くらいまではいまいちつかみどころのない人、という印象だったので、どう演じられるのか気になっていましたが「現代人には理解しにくい、狂信的なまでの忠義の持ち主」という点が、和希さんの持ち味がフルに生かされた役作りにより、説得力のあるものになってました。三番手クラスの人であれば王逸や譚嗣同とかでもおかしくなさそうなのに、順桂役なのが最初は意外でしたが、舞台上の姿を見て納得。銀橋ソロの「我に力を」は、想像してたより穏やかな曲で背景も青空だしで意表を突かれたけど、その穏やかさが却って怖い気もする。パンフに「公演に懸ける思いを漢字一文字で表してください」というアンケートがあり、回答に思い切り笑ってしまった。いや確かにそうだしわかるけど!

譚嗣同(タンストン)は見た目から垢抜けなくて頼りなげだけど一途で心優しくて、話し方も含めた全てがぼんやりと想像していたイメージぴったりだった。袁世凱の説得を担う役が文秀に変更されていても、全く存在感が損なわれないくらいそのものでした。盲目の胡弓弾きで元大総監である安徳海の見た目、動作、話し方等々の老人らしさには驚愕するしかなかったし、温厚かつスマートな岡圭之介、精力的で豪奢な調度や衣装に負けない華のある光緒帝、オペラで覗いた時に美人過ぎて動揺したくらい色っぽくて謎めいたミセス・チャンなどもよくぞここまで合う人が揃ったなあ……というレベルだった。王逸(ワンイー)、黒牡丹、載沢(ツァイヅォ)はもっと押し出しが強くてもいいかなあと思ったけど、ビジュアルは大変良いです。中でも黒牡丹は非常に格好いい。陸裕(ロンユイ)の野々花さん、珍妃の音彩さんも限られた出番と台詞で妃としての立ち位置の違いをしっかり表現されていて、目を見張るものがあった。特に珍妃は、仕草と表情だけで「温厚かつ控え目な性格で、皇帝から最も愛されている妃」って事が見て取れた。まだ新公学年の方って末恐ろしい。

通常は1~2人くらいの出演なのに、今作では6人とかなり多い専科の方々はさすがの貫禄と上手さ。わけても、原作小説では陰の主役と言っても差し支えなさそうな西太后役の一樹さんは威厳が桁違いで、甥である皇帝への慈しみやごく近しい人たちに見せる親し気な面なども含め、どの場面も見事でした。同じく小説の登場人物の中では断トツで格好いい(※個人的意見)李鴻章の凪七さんも、立ち姿から何から非常にイケオジでございました。

 

【まとめっぽいもの】

登場人物の描き方や、ラブストーリーが薄い*9等の理由で原田作品は少々好き嫌いが分かれるけど、自分は結構好きだし、ODESSEYをライブビューイングで見てから雪組さんのへの期待値が爆上がりしてはいましたが、これ程までに凄いものを見られるとは思ってなかったよ……。観劇後数日はいつもより高い頻度で気を抜くと舞台上の光景や音楽が脳内再生される事態になっており……いや今もちょっとなってる。明日が大劇場の千秋楽、今月末からは東京公演が始まるということで、無事完走できることを心より願っております。

 

*1:劇作家の方だった模様

*2:1月の元禄バロックロック東京公演の観劇日がコロナ禍のせいで中止になった事を引きずってたからってのもある……

*3:公式サイトには『宝塚歌劇の発展に大きな貢献をした方々を紹介する施設』とある。歴史を伝える資料館のような所。上のフロアには現在本公演を上演している組の、直近の公演の衣装展示があり、テンションが爆上がりする。

*4:原作ではこの時点で既に故人

*5:贈り物の靴の中に仕込まれた蠍の毒にやられる…のは舞台上での再現は難しいよね多分

*6:まず最初に思ったのが「美しい」じゃなくて「かわいい」だったんである

*7:過去の雪組ヒロインだと星逢一夜の泉や壬生義士伝のしづも貧しかったけど、ここまでボロボロではなかったものな

*8:「これまでいいことなんてひとつもなかった」って台詞は、身分の違いや年齢差等により、好きな人に恋愛対象として見てもらえない切なさの表れでもあると思うので

*9:というか女性キャラクターの描写が薄い…のは否定しないが、全ツ御用達の大御所作家たちが描いてきたような古臭いステレオタイプの「愚かで弱い」女や、「あたしと仕事のどっちが大事なのぉ?!」な女たちに全く魅力を感じないので、薄いくらいの方が個人的には遥かにいいんである…